スプラングへ
~時空を超えて紡がれる古代テキスタイルの物語~

筆者 相原千恵子プロフィール:
テキスタイル作家、スプラング及び古代技法の研究家
主に南米アンデス地域への調査旅行、個展、ワークショップを続けている。

第1話 人生初の一人旅、目的地はアンデス

前ナスカ文化期の小外衣(織、刺繍、ルーピング)B.C.200頃 
ペルー国立人類学考古学博物館蔵 
ハイビスカスとその蜜を吸うハチドリの縁取り。
前ナスカ文化期のヒモ(組、ルーピング)B.C.200年頃 
ペルー国立人類学考古学博物館蔵  
ルーピング技法によるヘビの頭で8本の組紐を繋いでいる。

 

 大学のスペイン語科に在学中、ある染織レクチャーで見た古代アンデスの布の美しさと『楽しい仕事ぶり』に魅了されてしまいました。

 南米大陸にはおよそB.C.10000年〜8000年頃にアジアから来た人々が定住したと言われ、B.C.1500年頃から主に海岸地域とアンデス高地に地方文化が開花しました。B.C.900年頃には早期イカ、パラカス文化が現れ、B.C.300〜A.D.600年頃はナスカ文化が全盛でした。彼らはアンデスの雪解け水が流れる渓谷沿いの集落に住み、その暮らしは食糧も豊かで余裕もあったのでしょう。1400年頃、チチカカ湖周辺に居たインカ族が諸部族を従えて広範な帝国を築き、1572年にスペイン人に征服されて植民地となるまで数々の地方文化が盛衰します。
 染織技術を見ると今からおよそ2500年前にはすでにピークに達していたと思われます。当時の染織品はミイラの副葬品として発掘され、世界各地の博物館に収蔵されています。乾燥した海岸近くの墓地に丁寧に埋葬されていたために保存状態も良く、色彩鮮やかなまま遺されています。その高度な技術や美しさに加えて、文様には作り手たちの遊び心が溢れています。彼らの手仕事に触発されて私もテキスタイルの世界に入り、現地の風土や暮らしぶりも知りたくて、以来40年余り南米行きを続けてきました。

 

ボリビア、タラブコ村の日曜市  1984
ペルー、マチュピチュへの途中駅で。1973 ポンチョを着て人生初めての一人旅

 いまや世界中で日常着といえばTシャツとジーンズですが、1970年〜80年代頃は伝統的な衣装の人々も街中を普通に歩いていました。外国人もまだ少なく、ハプニングだらけの「冒険旅行」を体験できた最後の世代かもしれません。ペルー、ボリビア、エクアドル、コロンビア、アルゼンチン、そしてチリ。各地の博物館や遺跡を巡りながら、大学などでは個展やワークショップ、調査を続けました。どの旅でも何か困り事が起きると、不思議と”白馬の王子様”のような見知らぬ人たちが現れて助けてくれました。時には車椅子で帰国したこともありましたが、たくさんの親切に恵まれていた歳月をありがたく、懐かしく思い返しています。

 

ペルー、リマの特設民芸市
ペルー、マチュピチュ、7歳の娘と6ヶ月の旅
エクアドル、サキシリの木曜市 1984
ペルー、チェンチェーロ村でのワークショップ。現地の織りの集いに飛び入り。

 南米の街角には市場(メルカード)があって、野菜や食料品に混じって民芸品や織物なども売っています。初めは見るもの全てが珍しく、そして悲しいことに若いときには観る目と資力が無くて酷いものを買っていました。後年少しずつ知識と眼力が備わってくると、偶然出会う布や袋、かご類は私の何よりの旅の楽しみになりました。
 いま手元に残る染織コレクションはできたら直接手に触れてご覧いただきたいと思います。またレクチャーではアンデスの染織文化、風土、歴史をより詳しく、ワークショップでは「針1本でつくる原始技法:ルーピング」、「プレートを使うアンデスの組みひも」、「タテ糸だけで布作り:スプラング」の各テーマで体験していただく予定です。

 

南米染織コレクション 『南アメリカの街角から』展
ペルー、ニットとかぎ針による手甲(マキートス) 現代
ペルー、ニットとかぎ針による帽子、マフラー 現代

 集めた布たち(2000年前の布や組み帯、100年ほど前のポンチョやアワーヨ、50年前に量産され始めた頃の織物など)を目の前に並べてみますと、進化とか豊かさについて、つい考えさせられます。手と指だけの「手仕事」に明け暮れた遠い昔の祖先達がしだいに便利な道具や効率の良い手順を考え出して、近代にはもっと手間が省ける能率的な機械が発明されて、私たちは量産と効率を追求する歩みをずっと続けてきたようです。昔と違い、いわば普通の私たちが今は1mいくらの布で好みの服を作ったり既製服を簡単に買うことができます。そして1年着ただけで捨ててしまうことも、ときには平気です。現代の私たちが便利で豊かな物質生活を楽しめる大きな幸せを手に入れたことは間違いありません。しかしながら、たとえば古い小さな布端に圧倒的な迫力を感じたり、愛おしいと思うことはありませんか? たとえば100年ほど前のポンチョを触ると、一人の農夫が祖母や母、あるいは妻の手で織られたその日常着を大事に着ていただろうと想像できます。日本でも同じような情景を、 ”BORO"という名でいま世界的に知られる野良着や仕事着に感じます。ものを愛おしむ感覚は2000年前の布からも伝わってきます。ものが溢れて、簡単に捨てることに慣れた生活は豊かなのでしょうか。
 本来のモノづくりは試行錯誤の苦しみと、ワクワクする楽しさを感じながら作るものだと私は思っています。テキスタイルの世界でもタペストリー、ウエアなど現れる形はさまざまですが、『作る楽しさ』と『使う心地良さ』が自然に備わるモノを作りたいと思います。

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